復活思考法・働き方

アドラーの教えから復活を探る「全ての悩みは対人関係である!」

悩みは対人関係 
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こんにちは。

今日の復活思考法テーマは前回に引き続き「嫌われる勇気@アドラー心理学」です。

日本におけるアドラー心理学の第一人者である岸見一郎先生の著書、「嫌われる勇気」はベストセラーになりましたから知っている人は多いと思います。

私も、この「嫌われる勇気」から、アドラーの教えを学ぶことで復活のヒントをもらいましたので紹介します。

今回、本書の「青年と哲人の対話」から抽出したキーワードは、「全ての悩みは対人関係」

なぜ自分のことが嫌いなのか

哲人:なるほど。あなたは、自分には長所などないと感じている。事実がどうであれ、そう感じている。要するに自己評価が著しく低いわけです。問題は、なぜそれほど卑屈に感じるのか、どうしてご自分のことを低く見積もっているのか、です。

青年:事実としてわたしに長所がないからですよ。

哲人:違います。短所ばかりが目に付いてしまうのは、あなたが「自分を好きにならないでおこう」と決心しているからです自分を好きにならないという目的を達成するために、長所を見ないで短所だけに注目している。まずはその点を理解してください。

青年:自分を好きにならないでおこうと決心している?

哲人:ええ。自分を好きにならないことが、あなたにとっての「善」なのです。

中略

哲人:あなたは現在、自分の短所ばかりが目に付いて、なかなか自分を好きになれないとおっしゃっている。そして言いましたね?「こんなひねくれた男となんて、誰も付き合いたくないだろう」と。もうおわかりでしょう。なぜ、あなたは自分が嫌いなのか?なぜ、短所ばかり見つめ、自分を好きにならないでおこうとしているのか?

哲人:それは、あなたが他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つくことを過剰に怖れているからなのです。

青年:どういうことです?

哲人:つまり、あなたの「目的」は、「他者との関係のなかで傷つかないこと」なのです。

青年:「・・・・・。」

哲人:では、どうやってその目的をかなえるのか?答えは簡単です。自分の短所を見つけ、自分のことを嫌いになり、対人関係に踏み出さない人間になってしまえばいい。そうやって、自分の殻に閉じこもれば、誰とも関わらずにすみし、仮に他者から拒絶されたときの理由づけにもなるでしょう。私はこういう短所があるから拒絶されるのだ、これさえなければわたしも愛されるのだ、と。

ここでは、哲人と青年の対話のなかで、青年が自分自身を嫌いな理由が明らかにされます。それは、「他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つきたくないから」という理由です。

対人関係で一歩踏み出さない人間になれば、誰とも関わらずに済むので傷つかないということですが、私もこの内容について正直痛いところを付かれた感じがしました。

私もまさに、自分が傷つきたくないからという理由から、積極的に交友関係を広げないでおこうという時期や自分自身をPRするのを避けていた時期がありました。

これらは全て対人関係だったんだと改めて認識できたのが良かった。アドラーは言います。「悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない」のだと。しかし、そんなことは出来ないと。

すべての悩みは「対人関係の悩み」である

哲人:人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」これは、アドラー心理学の根底に流れる概念です。個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しません。どんな種類の悩みであれ、そこにはかならず他者の影が介在しています。

哲人:では対人関係について、あなたは劣等感という言葉をご存知ですか?

青年:愚問ですね。私は劣等感の塊のような男ですよ。

哲人:具体的に、どのような劣等感を?

青年:たとえば、新聞などを通じて同世代の人間が活躍している姿を見ると、どうしようもない劣等感を抱きます。あるいは、友人が幸せそうにしている姿を見たときも、祝福する気持ちよりも先に妬みや焦燥感が出てきます。

中略

哲人:あなたも、様々な劣等感を抱え苦しめられているでしょう。しかし、それは客観的な「劣等性」ではなく、主観的な「劣等感」であることを理解してください。

青年:つまり、われわれを苦しめている劣等感は「客観的な事実」ではなく、「主観的な解釈」なのだと?

哲人:その通りです。ところが、主観にはひとつだけいいところがあります。それは、自分の手で選択可能ということです。われわれは、客観的な事実を動かすことは出来ません。しかし、主観的な解釈はいくらでも動かすことができる。

誰しも対人関係の悩みが多いのは事実ですよね。このブログを読んでいる方はまさに対人関係で悩んでいる方が多いと思います。

あなたも、心のどこかに劣等感を持っていませんか?家では親兄弟との比較、会社では同僚との比較をしてしまい劣等感を持ってしまう・・・。

そして、この劣等感はなかなか厄介な存在となってずっと自分を苦しめます。

しかし、アドラーの教えでは、劣等感というのは「主観的な解釈」であっていくらでも動かすことが出来ると強く言っています。まずは、今自分が苦しめられているのは「客観的な事実」ではなく、自分の「主観的な解釈」でしかないことに気付くことが大事です。

人生は他者との競争ではない

青年:人生は競争ではない?

哲人:ええ。誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのです。もちろん、他者と自分を比較する必要もありません。

青年:いや、それは無理でしょう。われわれはどうしたって他者と自分を比べてしまう。劣等感とは、まさにそこから生まれるのではありませんか?

哲人:健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。

青年:しかし・・・。

哲人:いいですか。われわれは誰もが違っています。性別、年齢、知識、経験、外見、全く同じ人間などどこにもいません。しかし、われわれは「同じでないけれど対等」なのです。

中略

青年:では質問を変えましょう。すべての人は対等である。同じ地平を歩いている。とはいえ、そこには「差」がありますよね?前を進むものは優れていて、後ろから追いかける者は劣っている。

哲人:違います。前を歩いていようと、後ろを歩いていようと関係ないのです。われわれが歩くのは誰かと競争するためではない。いまの自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値があるのです。

私も、最初の頃は自身の復活に際して、「憎い相手に勝つ」ことが重要だと思っていました。

いわゆる、反骨心のようなものがモチベーションになっていましたが、アドラーの教えを学び「日々、今の自分より前に進むこと」に価値を見出すことができました。

意外とこの価値観を自分の中で整理できると、周りに流されない「強いメンタル」を作ることができます

アドラーの教えが少しずつ体に染みてくると、前向きになれるかなと思います。

まとめ(今回の気付き)

  • なぜ自分のことが嫌いか?それは、他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つくことを過剰に怖れているからだ。
  • すべての悩みは「対人関係の悩み」である。劣等感で悩む人は、客観的な事実ではなく、主観的な解釈で悩んでいるのだ。
  • 人生は他者との競争ではない今の自分より前に進むことに価値を見出すことが大事なんだ。

 

以上、アドラーの教え「全ての悩みは対人関係である」いかがでしたか?

「嫌われる勇気」まだ読んでない人は是非とも読んでみてください!

 

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最後までお付き合い有難う御座います。
それでは、また次回。
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